弥勒菩薩像

本像は、昭和の復興者である水野圭真住職の依頼により昭和9年(1934年)に、奈良町の仏師である石原定興・朝興(広島県尾道市耕三寺羅漢像製作)により造立されました。
圭真住職が残した記録では、「1933年10月18日夜に十一面観音法を修していたところ、弥勒菩薩が姿を現した。元興寺の歴史を振り返ると、百済からもたらされた最初の本尊は弥勒石仏であり(中略)この本尊を再興したいと思っていたが、像容(姿)がよくわからなかった。
四国遍路で訪れた14番阿波常楽寺の弥勒菩薩像こそ霊夢で見たお姿と分かり、姿を写し書きして、石原父子に制作を持ちかけた」とのことです。

五智宝冠(釈迦、阿閦、阿弥陀、大日、宝生の各如来の化身仏が施された冠)を戴き、白毫(眉間にある巻毛)、三道相(悟りに至る三段階をあらわす首前面の3本のしわ)も施されています。
腹の前で両手を重ねて五輪塔を載せ、右足を上にして結跏趺坐(両足を組んだあぐら)しています。
表面仕上げは全面に金泥とおぼしきものを厚手に塗り、地髪、眉、両肩にかかる髪に青系の顔料を施しています。極端に細い胸腹部や厚みのある脚部は奈良・平安時代の作例に学んだかのような表現です。